*実在の黄飛鴻はこんな人*
1847年の7月9日、廣東省佛山で彼は生まれました。
6歳の頃から父親に武術を習い始め、父親と一緒に各地を回り武芸を見せて家計を助けていました。
そして、はやくも12歳の時には、家伝の全てを習得し、「少年英雄」の異名を得たのです。
1871年、黄飛鴻は最初の結婚をします。
ところが、なんと結婚三ヶ月目にして妻が病死。黄飛鴻は生涯の中で合計4回の結婚をしますが、
4人の奥方のうち3人が早々と病死しています。
彼は寝床の中でも、相当だったのかもしれません・・・・・などと冗談を言ってみるつもりが、
実はそういう説が残っているそうです。さすがです。でも病死させてしまうほど頑張ってはなりません。
1888年には、清朝が組織した「黒旗軍」の総教練に任命されます。
ワンチャイのオープニング、浜辺で連杰が従えているのが、この黒旗軍たちだそうですよ。
そして父から譲り受けた「寶芝林」の経営にのりだした頃、日清戦争の時代を迎えます。
黄飛鴻は、台湾の防衛を命じられて、9000人の黒旗軍たちと共に守備にあたります。
しかし、この戦いから帰還した黄飛鴻は、一切の武術指導をやめ、医業に専念しました。
台湾で見た光景が、彼になにかを感じさせたのでしょうね。
やっと落ち着いたかと思った頃の1915年、黄飛鴻は4番目の妻を迎えたのですが、
なんと年齢差は49歳!(奥様は19歳)
師父・・・。老い知らずなのは結構なことですが、もう少し落ち着きましょう。
そして1924年8月。
広州で商團の乱が発生し、その巻き添えで「寶芝林」が焼け落ちてしまいます。
全財産を失ってしまった黄飛鴻に追い討ちをかけるように、
彼の長男が失業したという知らせが届きます。
度重なる不幸に見舞われた黄飛鴻は、心労のためとうとう病床に伏してしまいました。
そして、翌年(1925年)の3月25日、黄飛鴻はその人生に幕を下ろし、
廣州の『城西方便醫院』において、77歳の生涯を閉じました。
彼の遺体は、廣州郊外にある白雲山の麓に葬られたということです。合掌。